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地球儀の碧き海吸ふ秋の蠅 奥田不朽
机の上に大きな地球儀が置いてあります。そこに蠅が一匹とまっています。開け放った窓からは、いっぱいの柔かい陽射し。地球儀の碧い海の部分が眩しく光っています。小さな秋の蠅はその海にとまっている、というのです。地球儀に託した全世界という大きなイメージ。大海原という壮大なイメージ。そこで海の水を吸っているかのような、小さな蠅の存在……。
湯づかれの母に肩かす薄紅葉 一瀬信子
仲のよい母と娘が山間の温泉(いでゆ)に来ています。「お母さんは本当に温泉に入るのが好きねぇ……。もう四回も入ったでしょッ!?見なさい湯疲れしちゃったのよ、駄目ねぇ。折角骨休めに来たのに、いつもより疲れちゃうなんて……。ねぇお母さん、はい、あたしの肩につかまって!!」「湯疲れは湯疲れだけど……、本当にいいお湯だねぇ。見てごらん窓の外、まだ盛りの紅葉にはちょっと早いけど、それでもうっすらと色づいて……ねぇ。あたしは嬉しいよ、あんたに感謝してるんだよ」
泣きそうになってふくみし葡萄かな 三宅絹子
ひとりで耐え忍ぶには余りにも辛すぎることがあるのでしょう。でもそれを人に告げるわけにはいきません。告げたとて誰に解ってもらえるものでもありません。單なる慰めの言葉を聞いても、何の役に立つというのでしょう。忘れようとして忘れられない心の痛手に、抑えていた涙が溢れそうになって、その涙を見せまいと葡萄の一粒を口に入れた、というのでしょう。甘いはずの葡萄の汁が、苦く口の中に拡がったかもしれません。
若やぎの子の無き妻が秋刀魚焼く 蓮尾あきら
「おいおい大変な煙だなぁ!!そうか……ガスで焼かないで、ちゃんと七厘に炭火でねぇ。本格的だな。魚はそうやって焼くのがいちばんうまいんだよ。とくに秋刀魚はねぇ……。いやぁ君、えらい愉しそうだな。どうしたんだね、そんなに張り切っちゃって……。いつにもないことだな。今日はそれに、実に若やいで見えるよ君。涙が出てるじゃないか、煙が目に滲みるんだな。どれどれ、私も一緒に焼くか……。たまには女房の手伝いをしないとな……。」
少年の眼鏡の夕日秋の湖 広瀬町子
終日爽やかな秋風がそよいでいた湖に、いま陽が落ちようとしています。夕陽の赤さが、湖を見ている少年の黒縁の眼鏡を眩しくして時折光っています。いかにも利発そうで、育ちのよさそうな少年です。それでいて、どことなく淋しそうな少年……。<どういう家の子供なんだろうか……>作者の想像は涯しなく拡がります。
彼一語我一語秋深みかも 高浜虚子
日一日と秋は深まります。その秋の中に、心の地図を見せ合っている親友の男同士が静かに立っています。「田中、秋はいいなぁ!!」「うん、山本、お前病気一つせんで結構だな……」二人とも言葉は尠いのです。それでいてお互いに暖かいものが通い合っています。
五十路過ぐ一尾の秋刀魚あますさへ 沢田弦四朗
「あなた、またお残しになりましたね?あたしは猫も振り向かない程に、この秋刀魚、二匹も食べてしまいましたのよ。あなた一匹でもそんなに残して、食欲がありませんのねぇ!!」「いいじゃないか、わたしはもう五十を越してるんだよ。そんなにいっぱい食べられないよ。わたしが昔から小食なのは、君、知ってるだろう!?」「あら、あたしだってあなたとそんなに齢はかわらないでしょ!?そんなおっしゃり方すると、あたしがいかにも食欲の権化みたいですね。皮肉に響きますわよ!!」「いやいや、そんな意味じゃないよ……」
秋晴やくはへてゐればすむパイプ 風間啓二
勿体無いようによく晴れて、心明るく透き通るようです。煙草が大好きです。体によくないと言われても、こればかりはやめられません。(当マイクロフォンも同じです)パイプを咥えています。火はついていません。それでもなんとなく落着くのです。髪に白いものがいっぱいふえて、やれやれ齢をとったものだと思いながらも、それほど深い後悔も無いのです。それは秋のせいでしょう。齢をとるのも満更わるくないな……。そんな感じすらあるのです。
旅ごころ淡し夜寒の猫抱けば 下村ひろし
小さな旅行にでも出たのでしょうか。泊まった旅館の鄙びた部屋に、その旅館で飼っている猫が寒そうに入ってきました。物音ひとつしない静かな夜です。「こっちおいで……だいぶ冷えるなぁ……。さッ早くこっちへおいで!!いま独りでお銚子を二、三本飲んで退屈してたところだよ」とでも呟きかけたりして猫を抱き上げました。おとなしい猫が気持よさそうに目を細めました。
団栗の寝ん寝んころりころりかな 小林一茶
団栗……厳密には櫟(くぬぎ)の實のことですが、コナラ、ミズナラ、アベマキ、カシワなどの實も団栗と呼んでさしつかえあるまい……と歳時記では説明しています。団栗がさかんに木の梢から落ちてきます。辺りが静かなので地面にあたる音の、小さいようでいて意外にの大きさ。よく晴れています。背中におんぶした赤ん坊を寝かしつけているのでしょうか……。<ねんねんころりよ、おころりよ、坊やはいい子だ、ねんねしな……>団栗が落ちてくる音を伴奏のようにして歌う子守唄……。赤ちゃんは気持よさそうに眠りはじめました。
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