埋火(うずみび)やむかし情死のありし宿 木内 彰志
最近はどこの家庭でも火鉢をあまり使いませんが、その火鉢の灰の中に埋めた赤い炭火が、<いけ炭>とも呼ぶ<埋火>です。
旅に出て古びた旅籠に泊まりました。
そこはむかし相愛の男女が、ままならぬ憂き世の柵(しがらみ)を逃れ次の世の幸せを希がいながら心中したところだと知っていて、あえて一夜の宿をとりました。
現(うつ)し世ではついに添い遂げられなかった悲しい恋を偲びながら、しみじみと旅情を味わいたいという心があったからでしょう。
宿の女将が、埋火をかきたてて炭を添えてくれた手焙りに手をかざしながら、いつの世にも絶えない悲恋に想いをよせている作者の心に、自らが失った遠い日の恋もまた、しみじみと蘇っているのかも知れません。
しんしんと夜は更けてゆきます。物音ひとつしません……。
手焙り=手をあぶるのに使う小形の火ばち。《季 冬》
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