あぢさゐも気の弱りかも淡きまま 上甲 まさ子
俗に<梅雨の花>とも称ばれて、ことのほか雨と相性のいい<紫陽花>の花は、初めは淡く次第に濃い紫、あるいは藍色にと変ってゆきますので<七変化>とも言い、その名所としては北鎌倉名月院などは特に有名です。その青白さはどこか病的でもあり、それが故になんとも寂しげな趣きです。
この句、いつまで経ってもわが家のあじさいの色が淡いままであるのは、あじさい自身の気力が衰えてるいるのでは……と、花に同情を寄せながら、そのじつ作者自身の心が弱っているのでありましょう。気の持ちようで、目に映る対象が楽観的にも悲観的にも見えるのは人間の常ですが、この時作者は、どう努めても明るくなれない重いもの想いに沈んでいたのでありましょう……。
中尾白雨先生に<紫陽花に手鏡重く病むと知れよ>という有名な句がありますが、……そうした雰囲気ではないでしょうか……。もし間違っていましたら、どうかお許し下さい。
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