草笛の恋するときのよく鳴りて 石井 里風
草笛を鳴らすのはいたって易しいように思いがちですが、これは実際にやってみると、どうしてどうして難しいものです。
さて、ここに一人の男、緑のそよ風に吹かれながら少年の昔に返って草笛を吹いております。それがなんと実にいい音色なのです。それもそのはず彼はいま、ある女性に恋しています。それも一方的なものでなく、確実に稔りある恋なのです。彼女から色よい返事も得ています。ですから彼には、世の中がすべて明るく見えています。希望に胸は風船玉のように膨らんでいます。
草笛を吹いているいま、ここに彼女はいません。<あーあ、こんないい音が出たのにもったいないな、聞かせてたかったな、聞かせて褒めてもらいたかったなぁ……>と彼は思いました。そう思った彼の心に大事な彼女の優しい笑顔がいっぱいに拡がりました。もう一度吹いてみます。こんどもまた、自分でも惚れ惚れするような美しい音なのです。
コメント