葉ざくらや鋏ひとつのほどきもの 檜 紀代
廊下に置いた座布団の上に座り、緑明るい葉桜の庭に向って、和服のほどきものをしているのでありましょう。残念ながら昨今はあまり見かけなくなった光景です。鋏ひとつを器用に使いこなし、糸をすーっと抜いて、その手際の粋なこと……。
抜いた糸はひとところに小さな山のようにまとめ、時折ほどきものから目を放して、葉桜に視線を送ります。手元には蓋付きの茶碗にお茶が入っているのかもしれません。それを一口、口にして、その身のこなしのなんと風情のあることでしょう。充実して密度の濃い時が、そのご婦人の心の中を、その外側を、刻々と流れています。
軽佻浮薄な現代からみれば、古典的なとでも呼びたいほどの静けさ。この句、当マイクロフォンの憧れを、そっと呼びさますかのようです。
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