おおよそ週刊「龍亭」

３月２日

終（つい）の日はいつ来る雛の黒髪よ　　河野多希女

「このお雛様を飾り続けて、もう何十年もと経つのよ。
だってあたしが生まれる前から家にあったんだもの……。
人間は生まれていつかはこの世から消えるけど、
このお雛様は棄てない限りいつまでも有るわけでしょ！？
あたしはもう髪の毛、真白になっちゃったけど、
お雛様は何十年の黒い髪のまんま……。
人間とお雛様とどっちが倖せかねぇ！？
お雛様には寿命が無い、はたしてそれが倖せかねぇ！！
寿命が無い、永遠に生きる……っていうのも、
かえってつらいんじゃないのかねぇ！？」

３月１日

雛を手にとれば聞こゆる雛の息　　　　　橋本美代子

明後日は雛祭り、でございますね。
「ねぇ由美子ちゃん、ここへ来てごらん。
おかあさん、今年も床の間にお雛様を飾ったんだけど、
このお雛様はね、おかあさんのおかあさん、つまり由美子のお祖母ちゃんの子供の頃のお雛様なんだよ。
随分古くなったけど、とてもお人形なんて思えない。
ねぇ、まるで生きてる本当の人間みたいでしょう！？
おかあさんね、こうして毎年お雛様を手にとってお顔をじっと凝視するの。
そうするとお雛様の息が、呼吸が聞こえてくるの。
お祖母ちゃんはいまこの世に居ないけど、お祖母ちゃんの息遣いのようにも聞こえてくるんだよォ……。
それでね、胸がいっぱいになっちゃうの……」