運動会昼より降られ湯の親子 大田利彦
お父さんが小学校の子供と一緒にお風呂に入っています。「残念ながら、天気予報当っちゃったねぇ。でも、お前が出た百メートルの徒競走は午前中にあったからよかったなぁ。しかもお前、一等賞だ。なぁ、よく頑張ったな、たいしたもんだ!!さっ、肩までよくつかって……、そうじゃないと風邪引くぞ。お父さん五十まで勘定するから、そうしたら出ていいよ。ああ、いい子だ、いい子だ。今日はお寿司でもとってやろう。それとも鰻重がいいかな!?」
鳥渡る病者の花圃(かほ)のみだれつつ 古賀まり子
病いで自宅に臥せっております。大きな庭に秋の花々は美しく咲いてはいますが、手入れをすることができず、乱れたままです。かといって、誰か他人(ひと)に頼むというのも意に副いません。「あら、鳥が渡っていくわ……」開け放った窓の向こう、病いの床から秋の空を行く鳥が見えます。「鳥たちの故里はどこなのかしら……」独り胸の中で、絶え間ない自問自答の会話が続くようです。
石仏誰が持たせし草の花 小林一茶
「どこのどういうおひとじゃろうか、感心なことだな。野の末の石の仏さんに、こうやって秋草の花を沢山供えて下さって……。仏さんもきっと〝嬉しいよお、嬉しいよお〟と、言っておいでだろう……。日日是好日……、ありがたいことじゃのう。さっ、わしも、この石の仏さん、しっかり拝んで家路につくとしようか……。おうおう、鳥が渡ってゆくのう。秋も深まったのう!!」
名月や兎のわたる諏訪の湖(うみ) 与謝蕪村
名月といえば仲秋の名月であることは、当マイクロフォン、承知しておりますが、仲秋の名月に限らず、秋はことのほかお月様が綺麗でございます。諏訪の湖(うみ)とは、長野県の諏訪湖のことでございましょう。人類が月の表面に降り立ったことを喜ぶ方々も多勢おいででしょうが、兎が棲んでいるお月様の方が、当マイクロフォン、五十五歳の人生には好ましく思われます。美しい月が、兎と一緒に、ゆっくり湖の上を渡ってゆくその静けさと壮大さ。湖の波はきっと穏やかでありましょう……。
木からもののこぼるる音や秋の風 千代女
木からこぼれるものは、いろいろとございましょう。どんぐり、椎の実、病葉(わくらば)、枯葉……。そして、風にのって、ひょっとすると、遠い日々の哀歓の想い出も、こぼれ落ちてくるかも知れません。それは一体、どんな音なのでしょう……。
濃き色の服選る秋の旅描き 山本つぼみ
<季(とき)は秋だわ。どこか静かな山間いにでも旅をしたいわ……>と、まだ見ぬ土地への夢を描いています。<どういう色の洋服を着て行こうかしら。……淡い色のものより、ちょっと濃い色の洋服の方がいいわね>と、ひとり心の内に自問自答して、洋品店の店先で洋服を選んでいるのでもありましょうか……。
切手買ひに出て初秋の袖たもと 竹内まさを
和服を着て郵便局に切手を買いに行きました。秋と郵便局と切手……、なんともいえずその取り合わせが、この“季節”という感じがいたしますね!?「ええと、どこだったかな……」などと呟いて、小銭を袂からだして支払ったのかも知れません。和服はまだちょっと樟脳(しょうのう)の匂いがしているかも知れません。
露天湯の肌すぐ乾く鰯雲 西本一都
久々にやってきた山峡(やまあい)の、ひなびた温泉……その露天風呂。「いささかぬるい湯だが、いいねぇ!!一体何年ぶりだろう……。ありがたいことだなぁ生きているっていうのは……。上乗の秋晴れだなぁ……。お湯から出でこうして座っていると、すぐに肌が乾くよ。それだけ空気が爽やかなんだねぇ!!ごらんよ、なぁ綺麗な鰯雲だ。お前さんも健康にきをつけて、わしと一緒に精々長生きしようじゃないか、なぁ……」
胸におく貝のつめたさ夏終る 山本つぼみ
胸に置くものを夏の浜辺で拾いました。貝殻であっても、またそうでなく、空想の貝殻であっても、それはどちらでもよいと思います。要するに炎暑の夏が終って、爽やかな、涼しい秋が訪れ、歳月の流れに寄せる、なにがなし淋しい、それでいてひんやりとした、ほっとした感じが<貝のつめたさ>なのでしょう。女心の優しさを、目の前に、<はい、これです……>と差し出されたようないい句で、当マイクロフォンが愛唱してやまないものでございます。
白粥の湯気にすぐに消ゆ夜の秋 福田甲子雄
「あなた、かたいご飯を召し上がりたいでしょうけど、もうしばらくの間、お粥で我慢してくださいね!!」折角、病気が快方に向っているんですからね。……冷奴と、とろろ、それにお茄子を甘辛く煮ましたわ……。召し上がってみますか!?……お粥の白い湯気がすぐ消えるようになりましたわね。暑い暑いといっても、もう秋なんですね……。夜の風がどことなく、ひんやりしますでしょ!?早く元気になってくださいね!!」
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